「かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」
私たちが普段目にする世界地図は、日本が中心になっています。
そのため、日本を極東の国といわれても、ピンとこないかもしれません。
現代のように文明が発達する前の世界では、太平洋を横断することは難しかったので、日本と欧米を行き来するには大西洋とインド洋を通るしかありませんでした。
その頃の世界の中心は中国大陸だったので、日本は極東の国と認識されていました。
そして、それは日本にとってもそうだったのです。
日本は極東の島国であったため、外国から攻められることが少なく、天皇制のおかげもあって、一度も国が滅びることがなく、文化も途絶えることがありませんでした。
日本は、現存する世界最古の国です。
中国は易姓革命を繰り返し、何度も王朝が変わっていて、文化が途切れています。
古代中国では、天人相関説といって、天と人は密接な関係があり、相互に影響を与えあっていると考えられていました。
なので、皇帝などの天子が、天命によって国を治めていると考えられていたのです。
しかし、天子や側近が徳を失い、国が腐敗していくと、革命が起こって王朝が変わります。
そのとき、新たな家系が天命によって定まると考えられていたので、天子の姓が変わりました。
欧州の専制君主政治の思想的な根拠は、大きく分けると二つあり、君主は神の代わりに国を治めているという王権神授説と、君主は人民との契約によって国を治めているという契約論があります。
どちらにしても、君主は強い権利を持っていたので、それは君主と人民を、権利を持つものと持たざるもの、支配する側とされる側に、はっきりと分けることになりました。
君主が暴君となり、王朝が圧政を敷くと、人民に不満が溜まり、革命が起こりました。
東洋では、天子が天の理によって国を治めようとするので、君民一体になることができました。
しかし西洋では、君主が権利によって国を治めていたので、君民一体になることは、初めから不可能だったのです。
なぜなら権利とは、自分と相手を分けることによって成立するものだからです。
日本において天皇は、国民にとっての真我、つまり人間においての霊性心のような存在でした。
宇宙が万物を育むように、国民の徳を明らかにするのが、天皇の徳だったのです。
そして、それは深い徳を宿しながら、表面は何もしない、玄徳無為でなければなりません。
天皇は、私室ではなく公室であるから、姓が要らないのです。
日本では天皇と、天皇を補佐して実務を行う将軍が分かれていたため、幕府が退廃すると、天皇の徳によって維新を行うことができたため、国が変わることはありませんでした。
実務を行う幕府と、天徳によって国を導いていく天皇の関係は、本能心や理性心を霊性心が導いていくことに似ていますね。
霊性心に善悪はありませんが、霊性心の働きによって、理性は善悪を判断できるのです。
革命は一度国を破壊して、新たに国をつくり直しますが、維新は人間が困難を乗り越えて成長していくことと同じで、国自体は変わりません。
革命というと聞こえはいいですが、革命には残虐性がつきもので、その裏では悲惨な虐殺が行われています。
革命家には、共通して強い権力欲があり、自分が権力を握るためには、何を犠牲にしても構わないという一面があります。
そのため、多くの血が流れることになるのです。
人間は集団になると、群衆心理が発生して、責任を放棄するようになります。
独りだったら思い留まるところを、集団になると野蛮人のように感情に任せて行動するようになるのです。
そのような劣悪な群衆心理を抑えることができるのは、強い民族精神だけです。
明治維新が明治革命にならなかったのは、日本に強い民族精神があったからなのです。
海外では多くの革命が起きたのに、日本では維新が起きたのは奇跡的なことなのです。
文明が発達する前、日本は中国から入ってきたものに大きな影響を受けました。
仏教はインド発祥ですが、中国を通じて日本に入ってきました。
それらを消化吸収して、日本の文化に取り入れ、自分のものにしてきたのです。
先ほどもいったように、中国は何度も王朝が変わっているので、日本は儒教や道教、仏教についても、一番長い歴史を持つ国になります。
世界の文明が発達して、西欧がアジアへ進出してきたとき、日本は明治維新を起こし、近代化が遅れていたアジアの中で唯一、西欧と渡り合うことができました。
日本が極東の小さな島国であることを考えると、奇跡のようなことです。
第二次世界大戦では敗戦国となり、戦後、文化や教育に外国から手が加えられてしまいました。
しかし、日本はそれから、欧米などのさまざまな国の文化を吸収していきました。
食事について考えても、さまざまな国の食文化が日本に入ってきていて、それを自分のものに消化吸収しています。
それだけ日本には、海外の文化を吸収する優れた下地があるということです。
日本では海外の料理が、和食と変わらないくらい、日常の食生活に溶け込んでいます。
言語にしても、さまざまな国の言葉が日常的に使われていて、普段何気なく使っている言葉の中にも、難しい言葉がたくさんあります。
例えば、元気という言葉は、実は儒教の言葉なのです。
宗教について考えてみても、神道だけでなく、キリスト教や仏教の行事も日常に溶け込んでいます。
クリスマスを祝い、初詣に行き、お盆には先祖の霊を供養します。
進歩向上するために必要なものは、多様性とそれを支える土台です。
さまざまな文化が共存する日本は、まだまだ進歩向上していける余地を残しています。
しかし、それを支える精神性が失われかけているのです。
教育は表面的なものばかりで、古くから続く日本の長所や民族性を学ばないまま、大人になってしまうので、愛国心を持たない人が増えています。
日本の歴史や精神性を学べば、自分の中にぶれない軸となるものを見つけられるはずです。
もちろん歴史を学べば、良い面だけではなく、悪い面も見えてきます。
しかし、日本の未来のために命を賭けた偉人たちのことは学ぶべきです。
くだらない常識やしがらみを捨て、日本の中にあるさまざな国の思想や文化を中すれば、日本は世界平和をリードする国になれるのではないでしょうか。
日本から世界へ、真の世界平和への道を広げていけるのではないでしょうか。
かつて、日本の国名は大和(ヤマト)でした。
大いなる和を世界中に広げていけることを願います。
おすすめ書籍
安岡正篤「人生の大則」