「すべての有限なものは、内在的な矛盾と自己否定を通して自分自身を止揚するものである」
儒教の経書の一つである「易経」を参考に、宇宙の成り立ちについて考えてみましょう。
宇宙が始まる前は、プラスとマイナスのエネルギーが相殺し合っている無の状態でした。
あるときそのバランスが崩れ、莫大なエネルギーが発生し、それが膨張していって、現在の宇宙が誕生しました。
易経では、万物の根源の気のことを太極と呼び、この太極が宇宙の始まりとなったエネルギーのことであり、宇宙霊のことになります。
太極からは陰陽二つの気が生まれ、その二つの気のことを両儀といいます。
陽の気は分化発展の作用を持ち、ものを分析したり創造する力を持ちます。
植物でいえば、花を咲かせたり枝を伸ばす力にあたり、人間でいえば、文明をつくったり困難に立ち向かう力にあたります。
陰の気は統一含蓄の作用を持ち、バラバラになったものを一つにまとめ、力を蓄えます。
植物でいえば、根を張ったり幹を太くする力にあたり、人間でいえば、相手を許し受け入れる力になります。
陰陽二つの気の働きによって、宇宙による造化が行われていますが、陰陽のバランスが崩れると、物事は破綻する方向へ傾いていきます。
例えば、 人間が生きていくうえでは、活動することは陽、休むことは陰にあたり、どちらも不可欠なものです。
活動ばかりで休息を取らなければ、体を壊してしまうし、休息ばかりでは堕落していってしまいます。
古来、男性は陽、女性は陰とされてきました。
原始時代においては、狩などの力仕事をする男性が陽で、子を産んで家庭を守る女性が陰の働きをしていたのです。
かつてはそれで、陰陽のバランスがうまく取れていたのですが、時代が進むことで文明が発達し、物理的な力が社会で必要とされることが減ったちめ、男女の陰陽のバランスが崩れてきました。
むしろ、一つのことに集中できる男性よりも、同時に複数のことを処理できる女性の方が、脳のつくりにおいては、現代社会に適合しているかもしれません。
本来、陰と陽は等価値なので優劣はなく、コインの裏表のように二つ合わせて一つのものです。
黒と白の勾玉が重なり合った陰陽太極図は、太極の中に陰陽が同居する様子が表現されています。
右側の黒が陰の下降する力をあらわし、左側の白が陽の上昇する力をあらわしています。
物質を重んじる現代では、陽の方が優れたものとして扱われる傾向があり、人は質素で心穏やかな生活より、裕福で刺激的な生活を求めます。
心の平穏のような精神的なものより、お金や財産のような物質的なものを重要性するのです。
陰と陽は、晴れと雨のような関係なので、どちらが不足してもいけません。
頑張って働いてお金持ちになっても、心が幸せを感じていなかったら何の意味もありません。
陰陽は更に四つに分けることができ、それを四象と呼びます。
四象は四季に例えられ、陽の力が増していく春にあたる少陽、陽のエネルギーが盛んな夏にあたる老陽、陰の力が増していく秋にあたる少陰、陰の力が盛んな冬にあたる老陰があります。
盛者必衰といいますが、すべての物事には四季があり、陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転じます。
干支の十干と地支も、陽から陰への移り変わりをあらわしたものです。
自然に四季があるように、人生にも四季があり、家庭や企業、国にも四季があります。
成長期にあたる春、活動的になる夏、成熟した秋、次の春への準備をする冬。
日本で例えるなら、江戸時代後期の幕府が退廃していた時期が冬で、明治維新が起こった時が春、日清日露戦争の時期が夏、軍部が暴走しだした時が秋、第二次世界大戦の敗戦が冬、前後の経済成長期が春、戦後裕福になった時期が夏、景気が低迷し、人口が減少している現在が秋といえるかもしれません。
季節のように同じ周期ではありませんが、春夏秋冬の順で繰り返されていることがわかります。
どの季節にもすべきことがあり、道から外れてしまうと、破滅に向かうことになります。
自分に余裕があるうちに、冬を乗り越える準備をしておくことが大切です。
四季は、吉凶悔吝(きっきょうかいりん)に対応しています。
吉(良い時期)のあとに、吝(慢心する時期)がやってきて、いずれ凶(悪い時期)になります。
そのあと悔(後悔する時期)がやってきて、また吉がやってきます。
吝と悔は自分を改める時期であり、吝は凶の兆しであり、悔は吉の兆しになります。
この吝と悔の時期に、道から外れないことが大事です。
謙虚さを失って、傲慢な心を持ち続けていれば、いずれその身は破滅してしまいます。
逆に、悪い時期に落ち込み続けていれば、精神は病んでいってしまいます。
易の一つ目である乾為天には、陽の勢いのままに登り続けてる龍が書かれています。
しかし、最後の上爻では、龍が昇りすぎたことを後悔している様子が書かれています。
また、下経の沢水困から水風井、沢火革の流れは、悪い時期に落ち込んでいき、そこから革まる(あらたまる)までの流れが書かれています。
良い時期に、心がおごっていると感じたら、謙虚になるよう努めましょう。
また悪い時期には、いつまでも落ち込んでいないで、心が前向きになるよう努めましょう。
幸福のあとには不幸が訪れるし、不幸のあとには必ず幸福が訪れます。
なので、永遠に続く幸福も不幸もありません。
だから、うまくいかないときは、心配しすぎないようにして、道から外れないよう気をつけましょう。
悪い時期は、これまでを振り返り、自分を更生するチャンスの時ととらえましょう。
道とは、万物の理を実践していくことです。
なので、道から外れることは真理から外れることをあらわしています。
四象は季節のように巡っていくものであり、生と死もその中の一つの過程になります。
四象はさらに八卦に枝分かれし、八卦の組み合わせで六十四卦ができます。
その六十四卦を解説しているのが易経です。
易経を読めば、物事がどう移り変わっていくのかを学ぶことができます。
また、易のサイトやアプリがあるので、毎日一つ読んでいくだけでも、多くのことを学べると思います。
易経は占いではなく、道を外れないためにどうするべきか学ぶものと思って読みましょう。
陰陽の概念は、物事のバランスを考える上で役立ってくれます。
バランスが失われて、偏りが生じると、いずれその物事は破綻していきます。
偏った食生活を続けると、健康を損なって、病になるのと同じです。
矛盾対立する二つの要素から、両方から優れたところを採り入れて、高い段階へと持っていくことを、ドイツの哲学者ヘーゲルは止揚(アウフヘーベン)と呼びました。
例えば、東洋と西洋の考え方を混ぜ合わせて、それぞれの優れたところを残し、不要な部分を捨てるれば、和洋折衷の新たな考え方が生まれるかもしれません。
東洋では、矛盾対立を統一して、高い次元へ進歩向上する働きを中といいます。
ここでいう中は、中間や真ん中という意味ではありません。
片寄りがなく、調和が取れていることをあらわします。
儒教の経書の一つである「中庸」には、中を平常から用いることが書かれています。
釈迦は対立し合うものがあれば、極端に偏ることを避けるよう説きました。
苦行からも快楽からも離れることで、釈迦は悟りに到達することができたのです。
偏らずに、バランス良く生きることを中道といいます。
中道は真理と共にあり、そこから外れたとき、物事は破綻を始めるのです。
地球に生命が存在するのは、天体が絶妙なバランスで配置されているからでした。
物事にはバランスが重要です。
何かの判断に迷ったときは、中や陰陽の概念を思い出しましょう。
カクテルを作るシェイカーのように、二つの相反するものを一緒に頭の中に入れてしまい、それらを混ぜ合わせてください。
そして、すぐに答えを出そうとするのではなく、いったん時を置いて待ってみましょう。
すると、単純に二つのものを平均しただけでなく、それぞれの優れたところを抽出した、一つ高い次元にあるものが生まれているかもしれません。
中や止揚は、宇宙における進化の原理になっています。
人の個性とは、何を選択するかで決まります。
陰陽を混ぜ合わせたあと、そこから何を選び取るかはその人の自由であり、その選んだ結果が、その人の個性となります。
本来、その選択に優劣はありません。
しかし、時代に合った選択というものは存在していて、現代の資本主義社会では、効率的な選択が望まれています。
西洋の分化発展的な思想は陽の要素が強く、東洋の統一含蓄的な思想は陰の要素が強いです。
現代人の思考は陽に傾きすぎていて、自分の内面を育てることよりも、外面の技術的な力を伸ばすことばかり考えています。
このままでは、文明が発展しても、人類はさらに自然から遠ざかることになってしまうでしょう。
宇宙の理に反したとき、人類は破滅へと向かっていくのです。
陽は陰に対立して、反発しますが、陰は陽を受容しようと待っています。
休息が活動の終了を待っているように、陰は陽を受け入れようと待ち構えているのです。
陰と陽は相待ち相対することで、陰陽相対(待)性原理という宇宙のルールをつくっています。
仕事の質を上げるか、仕事の量を増やすか、どちらを優先すべきか迷ったとき、止揚を思い出せば、どちらも満たす新たな選択肢がみつかるかもしれません。
答えが出ないとき、さまざまな要素を頭の中に入れて、時間を置いてみれば、陰陽相対(待)性原理によって、まったく新しい答えが生まれるかもしれません。
人生において、うまくいかない冬の時期は必ずやってきます。
しかし、悪い時期は人間が成長するために必要で、自分を見直すきっかけになってくれます。
良い時期は慢心しないように気をつけ、悪い時期は落ち込みすぎないようにしましょう。
成功も失敗も、どちらも同じだけ価値がある大切なものなのです。
おすすめ書籍
安岡 正篤「易経講座」