照心洗心録

安岡正篤、中村天風などから学んだことをまとめています。

34.神経の安定化

「晴れて良し曇りても良し富士の山、元の姿は変らざりけり」

山岡鉄舟

 

少し物音がしただけでビクッとしたり、嫌なことがあるとすぐに落ち込んでしまうのは、神経が過敏になっている証拠です。

人生は山あり谷ありで、いいこともあれば悪いこともあります。

運命が悪いほうへ向かっているとき、神経が過敏な状態だと、それを修正することができません。

そのような状態では、人生の荒波を乗り越えていけないのです。

 

病や困難に直面したとき、心をコントロールせずに消極的な思考に陥ってしまうと、神経はたちまち過敏になっていきます。

本能心が、制御できなくなった列車のように暴走してしまうのです。

そのようなときは、客観的に自分の心身を観察して、本能心を制御しなくてはなりません。

本能心をコントロールできれば、痛みや苦しみに心を占領されずにすみます。

織田信長恵林寺を焼き討ちにした時に焼死した、快川紹喜が残したとされる「心頭滅却すれば火もまた涼し」という辞世の句があります。

心から離れてしまえば、痛みや苦しみはただの信号となるので、それに煩わされることはないのです。

 

痛みは本来、体の異常を伝えるための信号であって、生きるために有益なものです。

しかし、それを消極的に受けとってしまうと、痛みは増していき、苦しみにとらわれてしまいます。
人間は耐えられないほどの痛みを感じると、副交感神経の一つである迷走神経が過剰に反応し、血圧低下を起こすので脳血流量が足りなくなり、気を失ってしまいます。

これを迷走神経反射といいます。

だから、人間に耐えられない痛みが続くわけはないのです。

ドラマなどで、犯人が被害者の後頭部を鈍器などで殴り、被害者が気を失うシーンを見たことがありますよね。

耐えられないほどの痛みが続くのなら、それは本能心が暴走して、一の痛みを百にしてしまっているのです。

 

人間が心に感じる精神的なショックは、危険を回避するためや、戦闘の準備に入るために、かつては必要なものでした。

しかし、それを消極的にとらえてしまうと、恐怖や不安の感情となって心に負担を与えてしまいます。

肉体の時と同様に、人間は耐えられないほどの精神的なショックを受けると、迷走神経が過剰に反応して、気を失ってしまいます。

あまりに衝撃的な光景を目の当たりすれば、物理的な衝撃がなくても、人間は気を失ってしまうのです。

 

体で感じたものを脳に伝えたり、心で感じたものを体に反映させているのは神経になります。

神経は、心と体を繋ぐ役割を果たしているので、体の痛みの情報は、神経を通じて脳に伝えられます。

体の痛みをただの信号だと理解できても、痛みを感じることには変わりがありません。

だから、まずは神経を安定させることで、痛みを軽減させて、それにとらわれないことが重要になります。

また、痛みにしても、精神的なショックにしても、脳が過剰に興奮することで、迷走神経反射が起こり、体に異常が起きます。

神経を安定させれば、十の衝撃を一に抑えることができ、その異常を小さくすることができるのです。

 

神経を安定させるには、中村天風の教えるクンバハカが効果的です。
クンバハカとは最も神聖なる状態という意味で、これによって神経の動揺を抑えることができます。

自動車事故で一番多いのは追突事故だそうですが、乗車しているときに、後ろから車に追突されると、首への衝撃で、むちうちになったり、ひどいと死亡してしまうことがあります。

しかしヘッドレストがあれば、頭を支えてくれるので、首への衝撃を受け流してくれます。

クンバハカは神経において、自動車のヘッドレストのような役割をしてくれるのです。


方法は簡単で、まずは肛門を締めます。

そうすると、腰のあたりにある神経の集まりが安定します。

江戸時代にある船が沈没した時に、白翁という僧侶だけが唯一生き残りました。

「もし何かあったら、とりあえず肛門を締めておけ」と師である白隠禅師から教えられたことを守ったことで、死を免れたそうです。

肛門を締めているだけでも、心身への衝撃は緩和されます。


次に、へその下の下腹部にある丹田に力を充実させます。

丹田に力を充実させれば、重心が安定するので、衝撃を腹で受け止めることができます。

下腹部をへこませるのではなく、膨らませるイメージです。

そうすることで、精神の動揺を抑えることができます。

腹には、第二の脳といわれる腸があります。

腸は密接に脳と関わっていて、精神疾患を持っている人は、腸に何らかの問題を抱えている人が多いそうです。

丹田を充実させることは、物理的な衝撃だけでなく、精神的なショックにも効果があります。


最後に、肩をしっかり下に落とします。

そうすれば、横隔膜の位置が下がるので、肺が膨らむための広いスペースが確保されます。

腹式呼吸をすれば、さらに横隔膜が下がるので、たくさんの空気を吸うことができます。

酸素は人間のエネルギーを生み出すために必要で、酸素がなくなれば、心臓も脳も停止してしまいます。

呼吸はそれだけ人間にとって大事なのです。


精神が動揺していると肩が上がり、呼吸が浅くなってしまいます。

すると神経はさらに乱れるので、悪循環に陥ってしまいます。

動揺しているときこそ、肩を上擦らせないようにしましょう。

 

おさらいすると、肛門をしめ、丹田を充実させ、肩を下げて横隔膜を下げます。

そして、体の重心を丹田に持っていきます。
空の水瓶は、押されるとすぐに倒れてしまいますが、水で満たされた水瓶はそう簡単には倒れません。

水瓶とは、水を入れておく大きめの陶器のことです。

クンバハカのイメージは、水瓶が水で満たされた状態です。

クンバハカができていれば、体の重心が下がるので、物理的な衝撃にも強くなり、押されても簡単には体勢が崩れなくなります。

なるべく長い時間クンバハカをするようにして、神経を安定させましょう。


神経を安定させるには、呼吸法も重要です。

プラナーヤマという呼吸法は、大気から効率良くエネルギーを受け取ることができるので、神経を安定させるだけでなく、活力も早く回復します。

その方法は、まずはゆっくりと肺の中の息を、鼻から吐き尽くします。

そして、その後一瞬息をとめて、腹式呼吸でゆっくりと口から息を吸い込みます。

汚れた空気を吐き出し、その後に新鮮なエネルギーに満ちた空気を吸い込むイメージで行いましょう。

小学校などの体育の授業で習った呼吸と逆ですが、息を吐くときは鼻から吐いて、吸うときは口から吸います。

口から息を吸うことで、細く長い息になります。

そして、鼻から息を吐くことで、頭部を空気が循環して、脳の温度を下げてくれます。

脳は機械と同じで、熱を持ちすぎると良くないので、呼吸で冷やしてやらないといけません。

鼻から吐いて口から吸うことは、呼吸法をしていると意識することにも繋がります。

呼吸の合間に一瞬息を止めるときに、肛門を締めて、クンバハカをするようにしましょう。


時間があるときに、立ってでも座ってでもいいので、フラフープを回すように腰を右回りに回転させましょう。

これを養動法といい、神経の興奮を抑え、精神を安定させます。

右回転なのは、体の臓器の位置関係を考えてのことで、内臓の働きを高め、消化吸収と排泄を助ける作用もあります。

神経は、姿勢との関わりが強く、悪い姿勢は神経を乱れされる原因になります。

言い方を変えれば、姿勢が悪いと、知らぬ間に心が消極的になってしまうのです。

養動法を行うと体幹が鍛えられるので、姿勢を改善することにも繋がります。

 

クンバハカ、プラナーヤマ、養動法を日常に取り入れて、なるべく気づいたときに行うようにしましょう。

そうすれば衝撃を受けたときに、神経反射が調節されるので、心身にでる悪影響が少なくなります。

肛門をずっと締め続けるのは大変ですが、呼吸の合間だけなら簡単にできます。

先ほどの内省検討とクンバハカを基本にして、暗示の分析、プラナーヤマと発展させていくようにしましょう。

なのでまずは、内省検討とクンバハカを常に行うことが重要です。

コマーシャルなどでよく流れるリパブリック讃歌を替え歌にして、「内省検討、クンバハカ、暗示の分析、交人態度、苦労厳禁、正義の実行、プラーナヤマ、養動法」と覚えるのがお薦めです。

 

クンバハカは、いざというときに実行でないと意味がありません。

日常で実行できていないものは、いざというとき咄嗟に実行できるはずがないのです。

だから、まずは日常でクンバハカを少しでも長い時間行うようにしましょう。

交通事故などの予期せぬことが起きたときに、咄嗟にクンバハカが実行できるように、クンバハカを習慣化しましょう。

 

おすすめ書籍

中村天風「心に成功の炎を」